ああ、わたくしは、如何様に致せばよろしいのでしょう。
 出会って間もない(ずっと存じてはおりましたが)殿方に、同性にも触らせない身体の各所を触られ、きっとその気も真っ盛りな殿方と、器を同じくして飲み物を口にし、ずっとお慕い申し上げておりました殿方に、寝床へと、身体を組み伏せられてしまいました。
 これで正気を保っていられましょうか。いえ、いいえ、そんなことが、通常の乙女にできるはずもございません。


「…………。(なんていうのは、ふざけすぎかしら……ああでも、カーシュ様…)」


 私は甲冑越しにカーシュ様の赤い瞳を食い入るように見つめた。幸いにも、先程も申し上げたとおりに甲冑越しだから、その様子が相手に気付かれることはない。
 いつもは重くて分厚くて邪魔にしか思われない鎧も、今だけはとても恋しく、頼もしいものに思われた。
 どきどきとはちきれんばかりに高鳴る心臓の音を、私の淡い恋心を、誰にも気付かれないよう、しっかりと守ってくれるから。


「………カーシュ様、」
「何だ。」
「…僭越ながら申し上げます。そろそろ退いて頂きたいのですが…」
「うるさいおまえがオレに命令する立場か。素直に負けを認めろ負けを。」
「……屋内での戦闘には慣れていませんので。」
「いちいち口答えすんじゃねぇよ。男はな、拳で語るんだよ。文句あるならオレに勝ってみろ。」
「そんな無謀なことを……。」
「…で?」
「…………負けました。」
「よーし。」


 満足したように笑って、まず私の肩を抑えていた手が離れ、次に頭部のすぐ脇の手、その次、つまり最後にカーシュ様のお顔が離れていって、流れるような蒼い髪の毛がさらさらとその後に尾を引いた。


「まったく、おまえはこーんな細っこい身体してっからいけねぇんだよ。ここじゃ食うモンには困らねぇだろ?ちゃんと食ってんのか?」
 言葉と共にやってくる、最早恒例となったカーシュ様の攻撃。鎧に身を包んではいるものの、その構造から比較的露出している腰を叩く。何度も受けてはいるものの、異性にされるのはどうあがいても慣れることはない。
 何事もなかったようにカーシュ様には見えない表情を取り繕って、私は返事をする。
「…え、ええ……きちんと、三食欠かさず口にしております。」
「じゃあ何でだ。まさかトレーニングはサボってないだろうな?」
「滅相もございません。」


 妙に真剣な表情でカーシュ様が問うてくる。私はそんなカーシュ様の首元を見ながら応えて、視線を落とした。

 カーシュ様はいつもいつもこの調子だ。元々部下の面倒見のいい彼なのだからなのだろうが、どうにも、ただの一卒兵でしかない自分を気にかけすぎているように思われる。決して、悪い気はしないのだが。もちろん、断じて。いや、むしろ嬉しい。ああ、正直に言ってしまえば、嬉しい。凄く嬉しい。
 なぜなら私にとってカーシュ様含むアカシアの龍騎士団の四天王は憧れだったからだ。ひとりの騎士として、主君に忠誠を誓い、弱き者を守ると自分に約束したときから、いや、する前から、ずっと、憧れていたからだ。

 そのひとりが、どうしてか、こうしてか、私のことを気にかけてくれている。過ぎることとは思うが。
 ただ、少し動作が大胆すぎることがあるだけなのだが。


 例えば今しがたのように、「訓練だ」と言っては場所を選ばず組み手をけしかけてきたり、「ちゃんと食ってるのか」と言っては腰を叩いてきたり、その他、諸々。
 なにぶん、「男のくせに声も高いし物腰も柔らかすぎるし身体つきも細っこい」アカシア竜騎士団の兵士を放っておけないのだそうだ。さすが、騎士団内で私のような下級兵にすら手のかかると言われてしまっている2人を直属に持つだけあってか、どこまでも面倒見が良い。




「覚えてろよ、また来るからな。それまでにせめてオレに一撃は入れられるくらいに強くなってろよ。ま、そんなことオレがさせねぇけどな!」
 去り際の一言と、高らかな笑い声。
「お手柔らかにお願い致します。」

 ばたんと力強く扉が閉まって、数秒、隙をついて戻って来たりはしないかを警戒する。(一度、やられたことがあった)
 ベッドの上で固まって、どこにも気配がないことを確かめて、ようやく私は甲冑に手をかける。

 部屋に定間隔に並べられたベッドには、私以外、誰一人として座っていない。
 かけた手に力をこめて、外す。肌を外気にさらす。外に零れてしまわないようにまとめてあった髪を自由にする。
 一時の安らぎの時間を過ごす。カーシュ様といるときには、とてもではないが落ち着くことはできない。




 どうやら私は、アカシアの龍騎士団の四天王、カーシュ様に、男と勘違いされているようだった。いや、正確には「男と思い込まれている」が正しいか。
 まあ、そんな違いも、些細なことだ。私が悩まされていることに比べれば。








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