鏡に顔を映す。私の顔だ。
情けない私の顔が映っている。
そっと頬に触れる。これが男だったらと、何度思ったことだろう。
男だったら。男だったら。男だったら。
私は絶対的なハンディキャップに涙することはなかった。私は周囲の偏見に遠慮することはなかった。私は自らを偽って戦う必要はなかった。私はカーシュ様に自らを偽る必要はなかった。
小さく首を振る。性別のせいにしてはいけない。私は女だ。
だとしたら、私が、素直に、率直に、自らの気持ちを申し上げられるような、そんな素敵な女性だったら。私はカーシュ様にこの気持ちをお伝えすることができていただろうか。
淑やかにかの人の隣を歩いて、微笑みを交わすことができていただろうか。
好きです、と、たった一言申し上げることができていただろうか。
愛しております、と。
鏡に映る顔は、まぎれもない、私の顔だ。
けれども、けれども、根本的に実現不可能な、非現実的な妄想、願望を夢見る気持ちよりも、もしかしたら実現し得たかもしれない、し得るかもしれない、ほんの少し手を伸ばせば届きそうなところにある可能性を頼る気持ちが、少しずつ、少しずつ、大きくなってきている。
私でない、けれども、私である私。
鏡面に、そっと手を伸ばす。極限まで磨き上げられた面に指が触れる。面の中の指と、指が触れる。
私を見るのは私だ。私の瞳が私を見る。
そして、私は私に言うのだ。死炎山のマグマのようにたぎる、しかしそれよりも遥かに熱い激情を、燃やして。
“好きなら好きと言ってしまえばいいでしょう!!”
「――――ッ!」
私は鏡面を見た。そこには私が居た。間の抜けた表情をして、私を見ている、ただの“私”。
私は重々しく首を振って、鏡から目を背けた。
立ち上がる。鎧を、甲冑を、身に着ける。いつもの格好になる。
私は部屋をあとにした。いつもの格好で向かうのは、いつもの場所だ。私が私を偽って、安易な日常をただ噛み締める場所。