カーシュ様のお墓を作った。
 本当はカーシュ様だけではない。死海へ向かってその命を失われてしまった、アカシア龍騎士団の全ての方々のものを、テルミナはずれの共同墓地にお作りした。
 遺骨は、ない。彼らの身体もたましいも全てあの死の海に飲み込まれてしまったからだ。

 私はひとつひとつ全ての前で手を合わせた。名前も知らない、顔も思い出せない、けれども確かに同じ騎士団の中で過ごしていた、いつかは共に戦地を駆けるやもしれなかった騎士達のお墓の前で祈りを捧げた。
 蛇骨様や、リデルお嬢様、四天王の方々、全ての騎士団の方々に祈りを捧げた。


 そして私は立ち止まる。目の前にはひとつの墓石。カーシュ、と、名前が刻み込まれている。
 私はやりきれない思いでその石を見下ろした。この地中にはカーシュ様の遺骨が眠っているわけでも、苦し紛れに遺品が眠っているわけでもない。ここにある全ての墓石がそうだったが、ただここには生者の慈悲や未練や意地や悲哀や、死者を思う気持ちが残っているだけだ。














「(……カーシュ様、聞こえますか?です。
 お久しゅうございますね。貴方もわたくしも、もしかしたらあのときよりもすっかり変わってしまったのやもしれません。……いいえ、わたくしだけでしょうか、変わったのは。
 カーシュ様はもう死んでしまったのですものね。ほほほ、わたくしったら、いったい何を思っているのでしょう。まったく、なんてばかなことを。
 お骨も拾って差し上げられずに、申し訳ございません。墓とは名ばかりのただの生者のエゴですけれども、ご容赦くださいませね。
 わたくしはまだ生きておりますので、先へ先へと歩いてゆきます。けれども、わたくしの初めての恋心は、カーシュ様だけのものです。ぜったいに、他のどなたにも捧げはしません。
 今でも昨日のことのように思い出します。貴方の一挙一動、まばたきひとつにさえも心が弾んだあの頃。とても幸せで、素敵な日々、…あまりにも突然に終わったしまった日々。わたくしは幸せでしたわ。
 わたくしのこの気持ちは貴方様の望んでいたものではありませんけれど、死んだ後の慰みくらいになればと思い、貴方に届くように、ずっとこの心に温めておきます。
 好きでした、愛しております、カーシュ様。それでは、さようなら。








 ああ、ですけれども、もう少しだけ、わたくしのわがままを許してくださいまし。)」


 立ち去ろうと腰を上げかけた私は、すぐに思いなおしてまた墓石の前に座り込んだ。そして涙を流した。
 静かに、いつも私がしてきたように、ただ涙を流す。そしてその涙を受け止めて下さるかもしれなかった方はもうどこにも居ないから、自分で受け止める。拭う。それでもまだ、涙はかの人を思い焦れて流れる。
 静かに、涙を流す。

 私は死んでしまったカーシュ様を思ってただ泣いた。私の初恋はここにやっと、終結した。








あとがき
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